東京高等裁判所 昭和24年(ネ)764号 判決
控訴人は原判決を取消す、被控訴人が控訴人に対し昭和二十二年八月十八日附買收令書を以てなした控訴人所有の山梨県北巨摩郡上手村字下反保第二百六十七番田一畝四歩及び同所第二百六十八番田一反五畝一歩に対する買收処分はこれを取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、当審において夫々次の通り新たな主張をなした外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
控訴人の当審における新たな主張
一、被控訴人は、本件買收令書は控訴人に対する送達不能のため県報によつて公告したというのであるが(その公告のあつたことは認める)、控訴人は住所も明であつたし、又右令書の受取を拒んだこともないから送達不能ということはない。甲府市旧市地区農地委員会の小使某は昭和二十二年十一月中本件買收令書を控訴人に送達するため、同令書に控訴人の住所として記載してゐる甲府市代官町四十一番地に行つたが見当らなかつたので住所不明としたというが同小使は右の地番を人に尋ねるなどして探したようなことをせず、代官町えは行かなかつたものである。又当時の甲府市の復興状況から見ても既に復興は大体出來上つていたのであるから、昭和二十二年十一月当時においては、代官町に足を踏み入れたならば右の地番を発見し得ないということはない筈である。而して右代官町四十一番地には控訴人は県の許可を得て昭和二十一年五月に家屋を建築し、同時に妻子をこれに居住せしめ爾來今日まで居住中であり、該家屋には表入口の柱に深沢晴叔の標札を掲げてあるから、控訴人本人が不在であつても、同人の所在を突き止めるのに何の手間暇を要さないのである。又控訴人宛の文書ならばその用弁は直ちに確実に達成し得るのであり、控訴人宛の総ての郵便物は遅滯なく確実に配達されているのであるから、独り甲府市旧市地区農地委員会から発する文書のみが住所不明なりとして到達しないという道理がない。
要するに被控訴人は、送達不能のため県報に公告したというが、被控訴人は送達について相当な方法を講じなかつたものであつて、住所不明等送達不能の状態にはなかつたのである。從つて被控訴人が、控訴人の住所が不明で、令書の交付が出來ないものとし、交付に代えて昭和二十三年七月二十六日山梨県報に公告したのは無効である。
なお、控訴人は甲府市には前記のように家屋を建築し妻子を居住せしめているが、昭和二十年七月七日から今日に至るまで北巨摩郡上手村四百七十八番地に居住し專ら農業に從事し生活しているのであつて、決して住所不明ではないのである。
二、本訴は出訴期間を経過していない。その理由は次の通りである。
控訴人は昭和二十四年三月七日上手村農地委員会長田沢栄熊からの通知により、被控訴人が本件土地を買收したことを知つたものとして、本件訴状を提出したのであるが、右田沢の通知書には、買收令書交付についてという標題で、所有農地の買收令書を交付するから一月二十四日(遡つた日)までに当委員会に出頭せられたいと書いてあるばかりで、その内容については少しも書いてない。故に控訴人としてはその所有の何れの場所の第何番の田の何反何畝歩を何月何日に何程で買收されるものであるかは知ることが出來なかつた。これを知つたというのは、農地の買收令書を交付すると書いてあるから、何れは控訴人所有の何れかの農地を買收せられたのではないかということを知つたのであつてこれは知つたというよりは寧ろ疑惑的に思考したという方が適語であるといい得るのである。而して全くこれを知り得たのは昭和二十四年七月二十一日上手村農地委員会より出頭せよという通知を受けその翌二十二日同委員会に出頭し買收令書の交付を受けて初めて本件土地を買收せられたことを知つたのである。故に訴訟要件は本件訴訟中である昭和二十四年七月二十二日に具備するに至つたものであるから、出訴期間を経過したようなことはない。
なお、控訴人は本件土地の外に田七畝十三歩、畑一反三畝及び竹林等を所有しているが、これ等は買收計画の対象となつているかどうかは不明である、と述べた。
被控訴人の当審における新たな主張
一 本件買收令書交付の経過
本件買收令書の番号は山梨県北巨摩郡ろ第一二四一号である(甲第四号証の一、二)。而して右令書の発行当時その事務は山梨県農地課において取扱つていたのであつて、該令書も控訴人の住所である甲府市代官町四十一番地において交付するため、その送達方を山梨県農地部長から甲府市長に依頼したのである(乙第二号証の一、二)。甲府市は右買收令書を送達依頼状と共に昭和二十二年十一月五日に受取り、その所管課である甲府市農務課は、翌六日に同課内にある甲府市旧市地区農地委員会にその送達方を命じた。右農地委員会は本件買收令書を控訴人に送達しようと努めたが、当時未だ戰災の色濃く、諸般雜然としていたので、現住所に控訴人の住む家屋を発見し得ず、送達不能の旨を甲府市農務課に報告すると共に右買收令書を同課に返還した(乙第二号証の二)。從つて、山梨県においては公告の準備を進め昭和二十三年七月二十六日発行の第二一九二号山梨県報に公告した(乙第三号証)。しかし、山梨県としては、この種の送達不能となつた買收令書を極力土地所有者に手交しようとしていたので、山梨県農地課はこの種の買收令書と共に本告買收令書を山梨県北巨摩地方事務所農地課に回送した。而して偶々昭和二十四年三月二日頃上手村農地委員会から北巨摩地方事務所え出張して來た者があつたので、この者が本件買收令書を控訴人に送達することを依頼されて、これを持ち帰つたのである。よつて、上手村農地委員会書記伊藤妙子は、昭和二十四年三月七日頃本件買收令書を控訴人に手交するため同月十九日までに同委員会事務室まで取りに來られたい旨の通知状を控訴人に出した。しかし、控訴人は右十九日が近づくまで取りに來ないし、又出張の都合もあつたので、伊藤妙子は昭和二十四年三月十八日に本件買收令書を控訴人に手交すべく同人方に赴いた。その際控訴人は在宅していたが、同人は本件買收については訴訟を起すのだから買收令書は受取らないと言つてこれを受領しないので、伊藤妙子は委員会にこれを持ち帰つた。よつて、上手村農地委員会は本件買收令書を他の受領証二枚と共に昭和二十四年三月十九日北巨摩地方事務所に返送した(乙第一号証)。その後に控訴人から本件買收令書を渡して貰いたい旨を上手村農地委員会に依頼したのであるが(甲第三号証の二)、当時既に本件買收令書は山梨県農地課に保存されていたので、同年七月二十日に伊藤妙子は右買收令書を同課から受取り、上手村農地委員会は控訴人に通知状を差出し(甲第三号証の二)、これに基いて控訴人は本件買收令書を同月二十二日に受領したのである(乙第一号証)。
二 以上の事実に基く抗弁
自作農創設特別措置法第三条による買收は、都道府県知事が、当該農地所有者に対し買收令書を交付してしなければならないのであるが、令書の交付が出來ないときは、令書の交付に代えて公告をなし得るものである(同法第九条第一項)。而して本件買收令書にあつては、前記の通り、昭和二十二年十一月六日から昭和二十三年一月七日に至る約二ケ月の間甲府市旧市地区農地委員会は極力努力したが控訴人に送達するを得ず、結局昭和二十三年七月二十六日山梨県報に本件土地の買收を公告するに至つたのである。故に本件土地の買收処分は右公告の日になされたものであり、從つて、控訴人が適法に本訴を提起し得る期間は同年九月二十五日までであるといわなければならない(同法第四十七条の二第一項)。
仮りに右の主張が容れられないとしても、前記のように上手村農地委員会書記伊藤妙子は昭和二十四年三月十八日本件買收令書を控訴人に手交するため同人宅に赴き該令書を差し出したが控訴人は含むところがあつて、これを受領しなかつた。從つて右の日に控訴人は本件買收令書を確認しており、本件土地が買收されたことを確知したのである。故に出訴期間は自作農創設特別措置法第四十七条の二第一項本文によるときは昭和二十四年四月十八日までであり、又その但書によるとしても同年五月十八日までである。何となれば同法第九条に、農地買收は買收令書を交付してこれをなす旨を規定しているが、この交付とは同条全文の解釈から、手交の意味ではなく、了知可能の状態に置くことである。上手村農地委員会は既に本件買收令書に関し昭和二十四年三月七日頃控訴人に受領されたい旨の通知状を出しており、且つ前記のように、同委員会の書記伊藤妙子は控訴人宅までこれを持参して屆けにまで行つている。このことは本件買收令書を了知可能の状態に置き且つ控訴人において受領せんとするときは直ちに手交し得る状態に置いたものである。しかるに、控訴人はその恣意により本件買收令書の受領を拒み受領遅滯による不利益を免れんとすることは、自己の責任を他に転嫁することであつて、信義誠実公序良俗に違背するものであり、法の保護し得ないところである。農地改革の特質を考えるときは、このことはより強く要求される。從つて、前記のように控訴人が本件買收令書を実際に受領したのは昭和二十四年七月二十二日ではあるが、出訴期間については右昭和二十年三月十八日から、起算すべきである。しかるに、控訴人が本訴を原審に提起したのは同年六月二十五日であるからこの点において本訴は出訴期間を経過したものであつて、本訴は却下せらるべきものである。
三 なお、控訴人は、前記県報公告の效力を爭つているが、それは訴における請求の基礎を変更するものであつて、別訴によらなければ許されないものであると述べた。(立証省略)
三、理 由
被控訴人は本訴が不適法な理由として、先づ、控訴人は本件土地の買收計画に対し異議の申立をなさず、又異議の決定に対する訴願もしていないから、行政事件訴訟特例法第二条によつて訴訟要件を欠く訴であると主張している(原判決の事実摘示中被告抗弁(一))。しかし、右の主張は全く価値のないもので採るに足りない。何となれば、控訴人が本訴において取消を求めているのはいうまでもなく、被控訴人が昭和二十二年八月十五日附買收令書によりなした本件土地の買收処分であつて、買收計画ではないのである。しかも、買收処分に対しては自作農創設特別措置法において異議や訴願等の途は開かれていないのであるし、又買收処分に対し訴を提起するについては、買收処分の前提をなしている買收計画に対して異議や訴願を経由することを要するものと解するような根拠は全く存在しないからである。
次に被控訴人は、本件買收令書の発行当時控訴人の住所である甲府市代官町四十一番地において控訴人の住宅を発見するを得ず送達不能となつたので、自作農創設特別措置法第九条第一項但書の規定に從つて昭和二十三年七月二十六日発行第二一九二号山梨県報に公告した。故に、本件買收処分は右公告の日になされたものであり、從つて同法第四十七条の二第一項により控訴人が本訴を提起し得る期間は同年九月二十五日までであるのに、控訴人が本訴を提起したのは昭和二十四年六月二十五日であるから、本訴は出訴期間を経過し不適法で却下せらるべきものであると主張している(当審における被控訴人の新たな主張、二の抗弁前段)。しかし、成立に爭のない甲第六、九、十号証弁論の全趣旨から眞正に成立したものと認める甲第七号証当審証人小沢源作の証言を綜合すれば、控訴人は甲府市代官町四十一番地に約二十年位前から居住していて、同市の戰災直後は一時北巨摩郡上手村に行つていたがすぐ同市に帰つて來て、右地上にバラツクを建てて住んでいた。その後昭和二十一年五月頃に約十六坪位の家屋を同地上に建築し家族と共にこれに住んでいたこと、該家屋の表入口には控訴人の標札を掲げてあるが、控訴人は一方上手村において農業もしているところから同村にも行き來しており、從つて控訴人の生活の本拠としての正確な意味における住所が甲府市にあるか或は上手村にあるかは今ここに断定し得ないのであるが、甲府市の右家屋には控訴人の妻と甲府市の小学校の教員をしている娘とが住んでいるし、その上該家屋は貨物自動車が通行し得るような道路に面していること、從つて昭和二十二年頃右家屋は、土地に不案内の人が甲府市代官町に來て同町内の人に尋ねれば簡單に探し当てられるような状況にあつたことが認められる。このような状態の下にあつては、自作農創設特別措置法第九条第一項但書にいう農地の所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないときに当たらないのは勿論であるから、この規定に違反してなされた前記の公告は買收令書を交付した效力を生ずるものではない。故にこの公告によつては出訴期間の進行を開始する效力を生じないものと解するのが正当である。從つて右公告の時から本訴の出訴期間を起算すべきものとする被控訴人の主張は到底採用するを得ない。
被控訴人はこの点について、控訴人が県報公告の效力を爭うのは本訴における請求の基礎を変更するものであつて、別訴によらなければ許されないものであると主張しているが(被控訴人の当審における新たな主張三)、控訴人は本訴において被控訴人がなした本件土地の買收処分の取消を求めているのであるから、この訴訟の対象をなしている買收処分を変更しない以上請求の基礎に変更を生ずる余地がないのは勿論であつて、控訴人が右公告の效力を爭うのは出訴期間の起算点を爭う趣旨に外ならない。前述の通り、右公告が当然に無效なる以上控訴人が本訴においてこのことを主張し得るのは当然であつて、被控訴人の右のような主張は全く理由のないもので採るに足りない。
次に被控訴人は、上手村農地委員会は昭和二十四年三月七日控訴人に対し本件買收令書を同月十九日までに同委員会に取りに來るように通知したことであるし、控訴人自身も本訴において現にこれによつて右三月七日に本件買收処分のあつたことを知つたと主張しているのであるから、自作農創設特別措置法第四十七条の二により本訴は同日から一ケ月内に提起せらるべきものであると主張し(原判決の事実摘示被告抗弁(二))、なお、上手村農地委員会の書記伊藤妙子は右の通知に定めた期間内である昭和二十四年三月十八日に本件買收令書を控訴人宅に持参しこれを同人に交付せんとしたが、控訴人はその受領を拒絶した。從つて控訴人は遅くとも右十八日には本件買收の事実を確知したのであるから出訴期間は同日から起算せらるべきであるし、又右のように買收令書の受領を拒絶せられたときは自作農創設特別措置法第九条による買收令書の交付があつたものと同様にその時から出訴期間を起算すべきものであると主張している(当審における被控訴人の新たな主張二抗弁の後段)。しかし、前記のように、昭和二十四年三月七日控訴人に対し本件買收令書を上手村農地委員会まで取りに來るように通知した事実だけでは、買收令書の交付による買收処分が行政処分としての效力を生じたものと解するのは妥当ではなく、この通知によつて控訴人が買收処分のあつた事実自体だけを知つたとしても、買收処分が法律上の效力を発生する以前に、これに対する出訴期間の進行を開始するように解するのも正当な見解とは言い得ない。從つて、本訴の出訴期間は昭和二十四年三月七日から起算されなければならないものとする被控訴人の右主張は採用することが出來ない。
而して、右昭和二十四年三月十八日上手村農地委員会の書記伊藤妙子が本件買收令書を控訴人に交付するため同人宅に持参したとの点については、当審証人伊藤妙子の証言によると同証人は本件買收令書を控訴人に手交せんとしたが同人が受取を拒んだためそのまま持ち帰り間もなく地方事務所に送付したというのであるからこれを以ては買收令書の交付があつたものということはできないし其他交付の事実を認定するに足る証拠がない。從つて、本件買收令書を控訴人宅に持参した事実を前提とし、本訴の出訴期間は右三月十八日から起算せらるべきものであるとの被控訴人の主張もまた採用するを得ない。
而して、本訴は昭和二十四年六月二十五日に提起せられたのであるが、本件買收令書は同年七月二十二日控訴人に交付せられたことは当事者間に爭ないのであるから、本訴は出訴期間を経過したものではなく、適法のものといわなければならない。よつて、本訴は期間を経過し不適法なりとして、これを却下した原判決は失当であるから、これを取消した上民事訴訟法第三百八十八条により本件を原審に差戻すべきものとし主文の通り判決する。
(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)
原審判決の主文および事実
一、主 文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は「被告山梨県知事が原告に対し昭和二十二年八月十八日附買收令書を以てなした原告所有の山梨県北巨摩郡上手村字下反保第二百六十七番田一畝四歩及び同所第二百六十八番田一反五畝一歩に対する買收処分はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、原告は昭和二十四年三月七日山梨県北巨摩郡上手村農地委員会長田沢栄熊からの通知によつて、被告山梨県知事が、昭和二十二年八月十八日附買收令書を発行して、原告所有の請求の趣旨記載の土地を不在地主の小作地として買收処分をしたことを知つた。しかしながら、原告は昭和十八年一月五日訴外野沢雅義に対し右土地を昭和十九年六月十五日限り必ず返還すると言う特約の下に小作として賃貸したところ、右訴外人は返還期日になつても右土地を原告に引き渡さないので、原告は昭和二十二年九月十七日右訴外人を相手方として甲府簡易裁判所に対し右土地返還請求の訴を提起した次第である。從つて右返還期日以後は小作地でないばかりでなく、原告は昭和二十年七月七日から今日に至るまで北巨摩郡上手村四百七十八番地に居住し、ここを生活の本拠として專ら農業に從事している者であつて、被告のなした右買收処分は法律上何等の根拠もないものであるから、その取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告の抗弁に対し、居村上手村農地委員会が昭和二十二年三月十四日原告所有の本件土地について買收計画を樹立し、同月十五日から同月二十四日までこれを公告して、縱覽に供したことは認めるが、原告が居村農地委員会に対し本件土地の買收計画につき異議の申立をしなかつたと言う被告の主張は爭う。原告は昭和二十二年三月十六日から同月三十日まで家を留守にし右三十日の夜帰宅したところ、訴外椎野佐玄から右買收計画樹立のことを聞いたので、翌三十一日居村農地委員会に出頭し、原告は上手村在住者であるから本件土地を買收計画に入れられては困る旨の異議申立書を提出したが、同委員会では異議申立期間を経過していると言う理由で原告の右異議申立書を受けつけなかつたにすぎないから、原告が異議訴願を全然しなかつたと言うことにはならない。その後原告は昭和二十四年三月七日に至り前述のように被告のなした買收処分を知つたので、同月二十七日甲府簡易裁判所宛に、さきに提起してある訴外野沢雅義を相手方とする同裁判所昭和二十二年(ハ)第五一号土地返還請求事件に追加する意味で追加訴状を郵送したところ、その書面は同年六月十七日同裁判所事務官興石義文の名を以て原告に返還されて來たので、原告はその翌日である同月十八日本訴を提起した次第であつて、被告主張のような出訴期間を徒過しているものではないと述べた。
(立証省略)
被告指定代理人等はまず、主文同旨の判決を求め本案前の抗弁として、(一)上手村農地委員会は昭和二十二年三月十四日本件土地につき買收計画を樹立し、同月十五日から同月二十四日までこれを公告して縱覽に供したにもかかわらず、原告は同委員会に対し異議の申立をなさず、又山梨県農地委員会に対しても訴願の申立をしなかつた。從つて原告の本訴は自作農創設特別措置法により買收計画に対し異議及び訴願をした後に提起すべきものであるのに、その手続を経ないで提起されたものであつて、行政事件訴訟特例法第二条に規定された行政訴訟の訴訟要件を欠く訴であるから不適法である。(二)原告は被告が買收令書を発行したことを知つた日は昭和二十四年三月七日であると主張している。自作農創設特別措置法第四十七条の二によれば、行政廳の処分で違法なものの取消を求める訴はその処分のあつたことを知つた日から一箇月以内に提起しなければならないと規定されているので、原告は遅くとも同年四月七日までに本訴を提起しなければならないものである。しかるに原告の本訴は右出訴期間を経過した同年六月十八日に提起されたものであるから不適法であると述べ、本案につき、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、被告が原告所有の本件土地をその主張のように買收したこと、原告が本件土地を訴外野沢雅義に賃貸していたこと及び原告が右訴外人を相手方として甲府簡易裁判所に訴を提起したことは、いずれもこれを認めるが、原告が本件買收を知つた日は知らない。その余の事実は否認すると述べ、甲号各証はいずれも知らないと述べた。